君の笑顔で花が咲く。

語彙力ゼロの八乙女担によるブログ。

誕生日に担降りするということ

2018年6月16日

 

なんてことのない、普通の日だ。

 

でも、私にとっては

 

ちょっとだけ、重要な日だったりする。

 

今日をもって

 

八乙女担を降りるからだ。

 

そして何を隠そう

 

今日は私の

 

23歳の誕生日。

 

こんなことになるなんて

 

自分自身も想像できなかったし

 

昔からの友人には

 

ほぼ100%の確率で驚かれた。

 

それだけ、自分にとっても友人にとっても

 

八乙女光さんの存在が大きかったのだと思う。

 

そんな私がなぜ、八乙女担を降りるという

 

決断を下したのか

 

ささやかながら、どこかに残しておきたい。

 

ただそれだけのための文章だ。

 

ただの備忘録に過ぎない。

 

 

そういった類の文章であることは

 

ご了承願いたい。

 

 

 

 最近、自分の中で

 

「八乙女担」が形骸化していた。

 

八乙女さんを応援するのが

 

気づけば楽しくなくなっていた。

 

私の住んでいる地域で放送されている

 

リトルトーキョーライフ、ヒルナンデスは

 

再生することなくHDDに溜まっていく。

 

らじらーもほぼ聴かない。

 

50分、気持ちがもたない。

 

溜まったタイトルがむしろストレスになっていたのに

 

気づかないふりをしていた。

 

そして

 

「形骸化した八乙女担」

 

さえも辛くなることが起こってしまった。

 

名言は避けるが、5月23日。

 

察していただければ幸いだ。

 

あの動画が、どうしても受け入れられなかった。

 

ここは動画への不満を書く場所ではないため

 

これ以上の言及は自重する。

 

私の中で「八乙女くん離れ」が決定的となったそのころ

 

新たなキラキラアイドルがデビューした。

 

もはや直感でしかなかったものの

 

ここならまた楽しくオタクできるのではないかと感じた。

 

そう思ったらもう

 

新たな沼へまっさかさまだった。

 

人生そんなもんだ。

 

人生楽しくなくちゃ。

 

少なくとも私は

 

形骸化したオタク人生よりも

 

楽しく、充実したオタク人生を送りたい。

 

ただ、それだけに過ぎない。

 

だけど

 

八乙女担だったのはすごく幸せだったし

 

素敵なお友だちに恵まれたのにも感謝している。

 

ありがとうございました。

 

 

 

私はもう

 

こちらの界隈に戻ることはない。

 

でも、死ぬわけじゃない。

 

またどこかで顔を合わせたら

 

ご挨拶させてください。

 

 

 

 

最後に

 

2003年から15年間

 

色々ありましたが

 

Ya-Ya-yahを、八乙女光くんを知れて、応援できて

 

幸せでした。

 

お友だちのみなさん

 

たくさんお話してくれたり、会ってくれたり

 

素敵な思い出でいっぱいです。

 

 

本当にありがとうございました。

 

 

 

さようなら!

 

 

 

2018年6月16日

あゆみ(23)

あの日から、15年

こんばんは。

 

今日は、6月6日。

 

なんてことのない、普通の日。

 

ではありません。

 

ちょうど15年前、2003年6月6日。

 

ミュージックステーション

 

Ya-Ya-yahのパフォーマンスを初めて観た日なんです。

 

 白衣装に身を包んだ彼らのパフォーマンスに

 

当時7歳だった私は

 

度肝を抜かれました。

 

今でも鮮明に覚えています。

 

ここから15年

 

受験以外で彼らから離れることは

 

ほぼありませんでした。

 

でも、Hey! Say! JUMPのデビュー10周年が終わって

 

一種の燃え尽きを感じてたのも事実です。

 

それに重なるように

 

私生活でもちょっと色々あって

 

精神的な疲弊をしていました。

 

そんな時、いつもなら光くんを見て元気を出そうって

 

思えるのに、そんなことはなくて

 

どちらかというと

 

レギュラー番組を追いかけるのもしんどい。

 

そこまで行っていました。

 

内的要因も、外的要因も相まって

 

光くんから気持ちが離れていったのが事実です。

 

そんな時に何気なく見た

 

キラキラの王様の沼に

 

ころんと転がり落ちてしまったのも

 

今となっては運命なのかもしれません。

 

 

 

恋の期限は3年だと

 

どこかで誰かが言っていた気がします。

 

光くんに恋をしていた訳ではないけれど

 

「好き」という気持ちを持つことを広い意味で「恋」と言うならば

 

Ya-Ya-yahのパフォーマンスで出会ってから

 

15(=3*5)年というのは

 

そういう運命のいたずらなのかもしれません。

 

正直、今年の初めは

 

こんな気持ちで15年を迎えるなんて思っていませんでした。

 

気持ちはもう

 

「八乙女担」ではなくって

 

違う彼を担当としている自分がいて

 

光くんのことを

 

「元担」として見ている自分に

 

昨日気が付きました。

 

15年間、ずっとフルスロットルで応援してきたわけではないけれど

 

Ya-Ya-yahを、光くんを、応援できたのは

 

とても幸せでした。

 

 

 

この続きは、10日後に書かせてください。

King & Princeの沼に転がり落ちた話

おはようございます!こんにちは!こんばんは!!!!!

 

先日、Twitterにて簡単に報告させていただきましたが、

 

この度

King & Princeの沼に転がり落ちました!!!!!!

 多分、自分が一番びっくりしています。(笑)

いつの日か心に決めてたんですけどね、年下には手を出さないと…

 

 

そして、Jr.にも手を出さないと。

 

 

 

忘れもしない、2007年9月24日。

私は当時、小学校6年生でした。

そして当時の担当は、Ya-Ya-yah鮎川太陽くんでした。

小学生故ネット情報に疎く、実はHey!Say!JUMPのことを知ったのは

HEY!HEY!HEY!の生放送でした。

メンバー全員が平成生まれ、と言われていたし、

太陽くんも平成3年生まれです。

でも、Hey!Say!JUMPと紹介された10人の中に

太陽くんの姿はありませんでした。

 

まだまだ子どもだった私には、到底理解できないことでした。

何故太陽くんがいないのか。

何故、Ya-Ya-yahじゃ、J.J.Expressじゃないのか。

 

 

 

 

あれを超える衝撃をもう受けたくない。

あんな思いをしたくない。

知らず知らずのうちに、自己防衛していたのかもしれません。

Jr.に魅力的な子はいるけれど、

デビューできるのは一握り。

自分が応援している子がデビューするなんて限らないなら

もうJr.を追うのはやめよう、と。

思っていたのかもしれません。

 

 

ですが、"Jr.を追うのをやめる"

という決断を遂行するのに、とてつもなく大きな壁がありました。

それはうちの母です。

何を隠そう、某Jr.の担当なのです。

HDDにはザ少年俱楽部が毎回、Mステに若手Gが出れば録画され、

Jr.発掘をしているのです。

そうです、結局Jr.離れできていませんでした。

笑うしかありませんね。

そのため、なんだかんだキンプリの歴史(?)は追える状況下にいました。

そして驚くべきことに

なんだかんだキンプリのこと追ってたんですよね、なんだかんだ。

そして気づかぬうちに

キンプリに関するあれこれが

脳内に蓄積されていっていたのです。

奇しくもこれに気づいたのは先日なのですが。(笑)

 

恐ろしいですね、刷り込みの力。

そんな状態で、特に追うことはないけれど

定期的に一定量供給されている状態でのデビュー。

個人的にはKAT-TUNKis-My-Ft2A.B.C-Zと同じような感覚の

はずでした。でもそれは

はずでしか、ありませんでした。

 

シンデレラガールを初めて聴いた時も、特に何か感情が生まれたわけでもなかったし

(今思えば、感情を押し殺してただけなのかもしれませんが)

CDも買わないかな~、でもレンタルくらいはしようかな、くらいにしか

考えていませんでした。

 

しかし、事件は起こりました。(大袈裟)

5月26日。

私は何を思ったのか、名古屋PA〇COのタワ〇コに向かっていました。

そして、シンデレラガールのCDを探していたのです。

今でもあの行動は信じられません。

初回限定盤Aと通常盤は割と在庫があったのですが(小声)

問題は初回限定盤Bです。

残り1枚!!!買うしかない!!!!!!!!!!!

外堀から固められる感覚、恐ろしいですね。

 

結局全形態購入しました。(ちょろい)

 

最後は自分から沼に落ちていったようなもんだし

言い訳じみている部分もあるし

Jr.の頃に意識的に推さなかった過去は変えられないけれど

深層心理に語りかけた時

推さないと後悔する、という結論に達しました。

 

だらだらと書いてしまいましたが

これからは(多分)ゆるっと彼らのことを応援していきます。

もし、光くんごとを呟くアカウントにいないなって思われたら

今はキンプリ頑張ってるのかなって

生暖かい目で見ていただければ幸いです。

キンプリの推しは敢えて明かしません。

もし知りたい方がいらっしゃいましたら、こっそりDMお願いします。

 

だらだらと書いてしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございます。

 

掛け持ち等無理な方もいらっしゃると思います。

遠慮なくリムーブ、ブロックしていただいて構いません。

これからも仲良くしていただける方がいらっしゃいましたら

よろしくお願いいたします。

 

 

あゆみ

2017年を振り返って思うこと。

こんばんは。

お久しぶりです。

 

Hey!Say!JUMPの"10周年イヤー"が、幕を閉じました。

JUMPは2018年も、宮城県とのお仕事だったりシングル発売があったり

精力的な活動がありそうな予感がしています。

 

さてさて、早速ですが本題に入ろうと思います。

Hey!Say!JUMPの10周年イヤーであった2017年、数え切れないほどの

雑誌を始めとしたメディア露出、音楽特番でのメモリアルな企画

ベストアルバムの発売、アリーナツアーに、ドームツアー。

思い返せば、様々なことがあったなと素直に感じています。

とはいえ個人的には、2017年の始まりは決して良いとは言えなかったと思っています。

 

カウントダウンコンサートで「一応」

10周年メドレーたるものは用意されていましたが

お世辞にも練られた企画ではなかった気がしてなりません。

そして、ほぼ毎年聞かれていた

「東京ドームのステージ説明」もなく

TVの前でとてもモヤモヤした気持ちでいたことを覚えています。

 

年はじめ(1/19)

忘れもしません、Ya-Ya-yahの復活です(個人的にはYa-Ya-yahはまだ存在していると思っているタイプなので復活という言葉は使いたくないのですが便宜上)。

薮宏太くんと八乙女光くんがYa-Ya-yahとして2曲、披露してくれました。

なぜYa-Ya-yahを知る人がもっと多い場所で披露してくれなかったんだろうなど

色々考えてしまったこともありましたが、何よりも

あれだけ"Ya-Ya-yah"の名前を出してこなかった薮くん、八乙女くんが

Ya-Ya-yahとしてステージに立ってくれて、オリ曲を披露してくれたという事実に

大きな価値があるのではないかと思います。

 

そういえば、これ2017年の出来事なんですよね。

薮担の友人とLINEやTwitterで大荒れしたのですが

遠い昔のように感じてしまうのはなぜなんだろう…

 

そして、ベストアルバムの発売とアリーナツアーの発表がありました。

 

8都市28公演を回るツアー。

まさか、あんなに外れるなんて思っていませんでした。

Hey!Say!JUMP恐ろしい…

圧倒的に入らない公演の方が多く、終演後にTwitterで回ってくるMCレポを楽しみに生きていました。

自分の入った公演も、素敵な思い出です。

懐かしいナンバーや演出があり、幸せな気持ちになれました。

 

時系列が前後しますが、ベストアルバムの発売。

TO THE TOP、心・技・体といったいわゆる

"初期の未発表曲"

が音源化され、カラオケで歌えるようになった感動を

いつまでも忘れたくはありません、

通常盤限定のストリーミングラジオ

普段のラジオ番組とは違った雰囲気で好きだったり。

 

11/14(デビュー日)のイベント。

私の友人も何人か参加していました。

小さな学会を直前に控えていたため泣く泣く応募は諦めましたが

時期さえ良ければ、あの雰囲気を生で味わいたかったな、

というのが率直な思いです。

 

3大ドームツアー

京セラドーム大阪、ナゴヤドーム、そして東京ドーム。

3都市8公演。

私の"初日"は京セラ2日目でした。

初日のレポをさっっっっっっっとスクロールするのは、至難の業でした…(笑)

(訳:ネタバレゼロで入るのは無理でした)

 

結論

SUMMARYは反則です。

 

 

JUMPの中に生き続けていてくれたSUMMARYが

ショーそのもののファンも多く存在するSUMMARYが

6年の時を経て復活したという事実。

上手く言えなくて悲しいのですが

SUMMARY2017を生で観られたことが

とても嬉しかったです。

 

と、ここまでなんとなく表面をさらっと

JUMPの2017年を振り返ったのですが

2017年のHey!Say!JUMPには、ある共通点があると感じています。

それは"(敢えて)後ろを振り返ること"です。

Ya-Ya-yahとしてのステージに始まり、今年は特に

"J.J.Express"という単語を何度聞いたことか。

アリーナツアーでの水太鼓等の演出に

ドームツアーでのSUMMARY。

アリーナツアー、ドームツアーに共通した

懐かしいナンバーの披露。

 

 

忘れてないよ、覚えてるよ、こんなのもあったよね…

そう、JUMPが言っている気がしてなりません。

MCや雑誌の取材でも

昔のエピソードを聞ける機会が心なしか

多かったように思います。

 

少なくとも私は

JUMPと振り返るような感覚になれたこの10周年イヤーが

とても幸せでした。

だけど

これはあくまでも"通過点"であってほしいというのもまた

私の思いです。

 

JUMPの皆さん、

2017年はたくさんの幸せをありがとうございました。

2018年も、たくさん笑っていてください。

 

 

(自己満足で支離滅裂な文章を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。)

八乙女光くんを世界一幸せにしたい話

こんばんは。

なんだか書きたくなっちゃいました。

 

 

突然ですが、私の現在の自担 Hey! Say! JUMP 八乙女光くんが今回のツアーで

「皆さんを世界一幸せなファンにしたい」

という趣旨の挨拶を高頻度ですることは周知の事実です。

 

個人的にはもう、世界一幸せなファンなのですが…

私の周りにも、そう思っている八乙女担の方は少なくないように思います。

あくまでも私の主観ですが。

 

八乙女くんの考える「世界一幸せなファン」の定義を知りたい

今日この頃。理想高く考えてそう…

 

 

ところでこの記事のタイトルにもあるように

私は最近、僭越ながら

八乙女くんを世界一幸せにしたいな、と思っています。

恩返し、と言ったら言い過ぎかもしれませんが、

今まで沢山沢山元気を、勇気を、笑顔を、感動を、

そして、幸せを

八乙女くんからもらっているのだから。

 

 

いつだって謙虚で

いつだってファンのことを考えていて

いつ、自分のことを考えているんだろうって

思ってしまいます。

 

いつまで

Hey! Say! JUMP 八乙女光

でいるのかも分からないし、

芸能の世界にいつまでいるかも分かりません。

私なんかには到底分からないような

辛いこと、苦しいこと

沢山あると思います。

それでも、毎年毎年

Hey! Say! JUMP 八乙女光

でいることを選んでくれているんだなって思うと

折角選んだ道なんだもん、

八乙女くんには幸せになってほしいな

って、思うんです。

 

中学生か高校生の頃、当時48グループのファンだったお友達が

こんなことを言っていました。

“(総選挙で)推しメンを選抜入りさせてあげられなくて悔しい”

と。

当時の私は、彼の言っていたことの意味がいまいちよく理解できませんでした。

でも今は、状況は違えどとてもよく分かるようになりました。

というより、なってしまいました。

一見共通点があるのかないのか…というお話ですが、

この2つのお話は、どちらも

『ファンによる推しのプロモーション』

という大きなキーワードが根底にあるような気がします。

後者は自明ですが、前者、八乙女くんを幸せにしたい

という話に関しては

ちょっと、色々と思うことがありまして。

こうやってTwitter FacebookをはじめとするSNSの発達で

一般の人でも気軽に、そして簡単に

情報を発信したり、意見を言ったりすることができるようになった今

ちょっと前よりも

「一般人の意見」

を参考に消費行動をすることが増えているような気がします。

これは、形のあるなしに関わらず。

 

ふと、気付いたんです。

これって、アイドルをはじめとする芸能の世界にも通じるって。

だからこそ、私の応援している

Hey! Say! JUMP八乙女光くんって

こんなことができるんだよ、あんなことができるんだよ、

こういう人なんだよ、と

積極的に発信していけば

巡り巡って

八乙女くんを世界一幸せにすることも

夢じゃないんじゃないかなって

ふと、考えたんです。

ただの大学生である私に

できることなんてほぼ無いに近いけれど

私には幸い

PCが、スマホがある。

こうやって、情報発信をするツールを持っている。

微力だし、私が発信したところで

どれだけの効果があるか分からないし

効果はないかもしれない。

でも、

 

やらない後悔より、やる後悔。

 

今日も私は、八乙女くんの魅力を拙い日本語で発信します。

八乙女くんを世界一幸せにするために。

同担連番はいいぞ

お久しぶりです。

I/Oツアー、大阪公演にお邪魔してきました。

今年も今年とて、私の大好きな大好きな八乙女担のお友達と一緒に。

俗に言う同担連番ってやつですね。

それだけで幸せでした。単細胞です。

 

実は、同担連番をするのは

JUMPing CARnival 名古屋公演

DEAR. 名古屋公演 に続いて3年連続でした。

しかも全員違う同担さんと。

はあ、楽しい。単細胞です。(2回目)

 

私はそこまで八乙女くんからファンサが欲しい!構ってもらいたい!

と考えている方ではないので、

アリトロ真横!やスタトロ最前!

というような席には特に、というかほぼ全く興味がありません。

どちらかと言うと(どっちと比較してるんだ私)

いかに自名義のチケットで八乙女くんをいい感じで観られるか、

と言う方が大事です(真顔)。

ただ、これに関しては個人個人スタンスがありますし、

今まで私と連番してくれた方が、必ずしもこの考えであるとは考えていません。

 

 

話を元に戻しますね。

 

同担さんと連番する醍醐味って

ツボをリアルタイムで共有できたり、

自担ロックオンタイプの方と連番すれば

2時間強ずっと同じところを見て楽しめたり。

メリット尽くし!!!

楽しい時間なんです。幸せなんです。

 

そしてありがたいことに、同担さんとお邪魔した公演は全て

八乙女担のお友達と入って良かった、と思えるような

BESTかどうかは分からないけれど、

少なくともbetterな公演なんです。

私の過去のツイートに、こんなものが残っていました。

このツイートの詳しい背景は割愛させていただきますが、

昨日の公演も含め、毎回同じことを思うんです。

この公演に関しては、もともと入ることを諦めていた公演だったのですが、

かくかくしかじかありまして(小声)

何を思ったのかこんなツイートをして私なんぞと連番してくださる方を募集しました。

 

このツイートに反応してくださった八乙女担のお友達と入りました。

実はこのお友達というのがとっても人気者。

本当に私なんぞと連番してくれたのか、今となっては幻だったんじゃないかと

思っていることはここだけの秘密です。

ちなみに今でも

「(八乙女担のお友達)と連番してたよね?」

と言われることがあります。

 

いやもうほんと…関係各位…すみません…

 

 

 

またまた話がずれました。話を元に戻します。

同担連番って、良いですよね!!!

リアルタイムで感動を共有できること

周りがシーンとしていても叫べるかな?と思えてしまうこと

(だって隣が同担だもの)

 

メリットを書きだしたらキリがなさそうなのでやめておきます。自主規制自主規制。

 

 

昨日、同い年(95年生まれ)の八乙女担のお友達との連番という長年の夢を叶えた今

(だって95年生まれの八乙女担って少ないんだもん)

残すは八乙女担4連。

今年やろうかとも思ったんですけど如何せんチケットが…チケットが…嗚呼。

 

と!いうことで!!

冬のドーム公演の噂がささやかれておりますが!!

八乙女担4連!やりたいです!!!

 

同担連番最高!!!

こんばんは。

初めましての方もそうでない方も。

こんばんは。あゆみと申します。

 

一応平成生まれで、現在はHey! Say! JUMP八乙女光くんを担当としている

日本国内在住の大学生です。

 

実は気の遠くなるような昔に、ame○aさんの方でブログを開設していました。

つまりはブログ、再出発です。

心機一転、、になるかどうかは自分でも分かりませんが、

気の向いたときにでも立ち寄っていただければ幸いです。

 

 

はてなブログさんでブログを執筆している方の語彙力の高さ、表現力の豊かさは

重々承知しています。

そんな中で私がこのように記事を書いているということは大変烏滸がましいのですが、どうかお許しください。

 

 

一点だけ、注意喚起をさせてください。

Twitter(ID:@hkxhk1202)同様、八乙女くん以外の事柄でも良いこと、良いものは良い、例え八乙女くんの事柄でも悪いこと、悪いものは悪いと言ってしまう性分です。

合わない方はここ、そしてTwitterを覗かないことをお勧めします。

 

 

細かな自己紹介は要望があったらとさせていただきます。

では、次の更新の時にお会いしましょう。

 

 

あゆみ